2011年03月13日

一人でできるもん

ビル管理、店舗、鉄道、警察、病院、…。
夜通し人の為に働く人のなんと多いことか。
そんな人たちにも心配な家や家族があるのに。
そういう人たちのお陰で私は無事に家にたどり着き、食べて、寝ることができた。
心から感謝している。

何もできない自分が恥ずかしいけれど、せめて他人の為に懸命に働く人達の手を、少しでも煩わせないようにしよう。
まだまだ予断は許されない状況だけど、何かの時、プラスになれなくても、せめてマイナスにならないようにしよう。
私は持病もなく歩けるし走れるし、備えと少額の募金をする程度のお金も持っている。
水と食料と防寒着を備えて暖かくして、じっと過ごそう。
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今後3日間にM7以上の地震の可能性70%以上

ネットで無事を知れたり連絡とれた人もいるけれど、みんな無事でしょうか。
かんりは無事です。
千葉県北西部にある職場と自宅は震度5強でした。
原発の状況はもちろん、今後3日の間に70%以上の可能性でM7以上の地震。
がんばろう。とにかく暖かくしてようね。
有事の際の避難と節電の両方に役立つ。


■玄関に用意した避難用品(2日分)
・ミネラルゥォーター500ml 3本
・おにぎり、パン、お菓子(多めに買って食べた分を補給)
・カップ麺
・タオルケット
・タイツやスパッツ、セーター、ショールの防寒着
・常備薬
・貴重品
・ライター、ローソク
・ティッシュ、タオル
・猫のご飯、薬
・ペットシーツ
・ペット用キャリーバッグ
・携帯電話(すぐ持ち出せるよう玄関近くのコンセントで充電しながら)


■地震発生からのメモ
3/11 15時近く
千葉市内の客先で地震発生に遭遇。
客先の駐車場に出る。すでに近隣で火の手があがっている。
すごく近くに感じたけれど、もしかしたら市原の火災だったかも?
立っていられないほどではないけど、駐車してる車がグラングラン揺れてる。
サイドブレーキを掛け忘れた車が動き出す。

3/11 16時
車でオフィスに戻る。
車の走行は問題ない。並んで駐輪されてた自転車が軒並み倒れ、路面の液状化がひどい。
歩道にはあちこちのビルから出てきた大勢の人。
念のため駐車場に車はいれず、プレゼン機材を置いたまま路肩に駐車。
携帯電話はネットも通話も完全に不通。
オフィスのあるビルの周辺で他のスタッフと合流。
テナントの託児所の職員が、小さな子供をたくさん連れてビルから避難していた。
エレベーターは止まっていたので階段でオフィスへ。
10階より上は、2階ごとに休みながら登る。運動しよう。

オフィス内。電気、水は無事。ガスは未確認。
固定電話とネットはOK。携帯は相変わらず不通。
社内にはたくさんの棚があるけど、一番大きな書棚が一つだけ倒れていた。
設置方向によるらしい。倒れた棚だけが西に向かって置かれていた。
他の南北に向けて設置していた多数の棚は無事。
壁紙には亀裂が入っていた。
建造物に破損はなし。
耐震の為か壁のパネル同士を固定してないので、揺れで壁に隙間ができて壁紙が破れたらしい。
オフィスにいた人の話では、立っていらないほど揺れて、壁がズレてバックリ開いて、倒壊を覚悟したとのこと。

片付け中、ビルの窓から火柱が空に届くような爆発が見えた。
あれが多分コスモ石油千葉製油所で、そうなら20kmほどの距離。
見ている私たちの顔が明るく照らされるほどの大爆発。

3/11 18時
社内の片づけがおおむね終了。
スタッフそれぞれが身の振り方を考える。私は家まで15km。
猫が心配だけど日も暮れかかっている。
車で帰る人、家族と連絡が取れず歩いて帰ると決めた人と共に、迷いつつ一階へ降りる。
ロビーに人が溢れている。
ビル内のコンビニでは、おにぎりとパンの棚はすでに空。
電気と水がOKなので、カップ麺、菓子、サラダなどを大量購入。
JRは終日運転見合わせの情報が入る。
エレベーター復旧。オフィス籠城を決める。

3/11 20時以降
余震がひどい。10分置きに揺れる。固定電話やネットで家族、知人に連絡。
同僚もそれぞれ家族と連絡がつきだして、少し落ち着く。
時々ロビーに降りてみると、まだたくさんの人がいる。
ビルから椅子が支給され暖かく、大型のごみ箱コンテナが出され、帰宅難民にできる限りのされてる模様。
エレベーターの復旧も早かったし、うちのビル管理の評価が高まる。
駅は閉鎖され、公衆電話とタクシー乗り場に長蛇の列。
しかしタクシーは1時間に1台来るか来ないか。

3/12 1時
冷蔵庫にあったチュウハイ1缶を、こんな時にもりもり仕事してた変な同僚と分けあい、床に段ボールを敷いて寝た。

3/12 4時
揺れで目が覚める。余震はずっとあったけど、これはギシギシと音を立てながら大きく5分以上揺れた。
ビルの耐震構造は長周期の振動に弱い。
恐怖に耐えきれず、タクシーの列も減っているだろうと、ビルを出ることを決める。
水、お菓子、ロッカーにあった衣類をカバンに詰めて一人出たはいいけど、携帯を忘れたことに気付いて戻る。
変な同僚がネットで今の揺れが長野であることを確認。
地震が南下して迫ってきてるとしか思えない。ここにいたら死ぬー。

ネットで情報を確認する人。(変な同僚)
水食糧防寒具を備えて逃げ出すけれど携帯を忘れる人。(私)
ぼーっとして「私たち行くよ?」と言われてから慌てて準備する人。(使えない後輩)
色々である。

3/12 5時
とりあえずタクシーを待つが全然来ない。
京葉線は絶望。総武線の方が望みがありそうとの情報。
総武線の駅まで歩こうと決める。
前日に噴き出た泥が乾き始め、ほこりが舞っているので顔にタオルを巻く。
腰には膝かけ毛布を巻いている。もう何者だか分からない私。
その液状化の泥で滑ったのか、バイク事故で倒れてる人がいた。
警官は出払ってるのか倒れて動かない人の傍に一人しかいなかった。
途中のマクドナルドに立ち寄ると、販売はないけれど(売り切れた?)休憩所として開放している。
帰宅難民が多数仮眠をとっていた。
オフィス街を抜けると住宅地は普段と変わらない光景。
総武線は7時復旧の予定が遅れ、8時頃に運転開始。
事実上の始発に乗り、その後はわりと正常に運行していたバスに乗りつぎ、通常は駅〜駅20分の通勤距離を5時間半かけて帰宅。

3/12 10時
猫無事。
家の周囲の住宅街は、オフィス周辺のような亀裂や砕けた路面は見られず、ほぼ普段通り。
割れたプランターが庭の隅にまとめられてる程度。
関東圏の知人、同僚には食器棚が開いて食器が割れ落ちた家もけっこうあったようだけど、うちは本、雑貨が床に散乱している程度でほぼ無事でした。
余震は続いている。
部屋を片付け、コンビニへ。
おにぎり、パンの棚は空だが、飲み物や手作り弁当(運送されてくる弁当の他に店内でも作っているコンビニなので)はある。
お菓子や水、手作りコーナーのおにぎりを買いこみ、タオルケットや猫のエサらとリュックに詰めて玄関に置く。

ガスがつかない。止まっているかと思ったけれど、電気も水も大丈夫でガスだけ長すぎる気がする。
調べてみると、震度5弱以上の揺れで自動制御され、ガスメーターの操作で自分で元に戻せるらしい。
玄関ドアの周囲を探すが、それらしいガスメーターがない。
困っていると向かいに住んでるお姉さんが出てくる。
「大変でしたねー、大丈夫でしたか?」「ええ、怖かったですねー」
「「ところでガス…」」
あなたもかーー!!
お姉さんはガスメーターの場所を知っており、ネットで図解説明を見た私は操作ができる。
二人で力を合わせてガス復旧。

3/12 18時
余震は続いているけれど、疲れきって寝る。

3/13 9時
なんと15時間も寝てしまった。夢も見ずにぐっすり。
関東地域でも余震が怖くて眠れなかった人が大勢いたのに…。
昨日買い込んだご飯を食べてコンビニで食糧補充。
昨日より棚に食糧があったけど、やっぱり普段よりは少ない。
バケツに水を溜め、昨日思いつかなかった避難用品を用意。
電力が不足しているらしいし、今後3日の間に70%以上の可能性でM7以上の地震がくるらしい。
いつまた揺れるか分からない。
節電と避難、両方の為に暖かくしてニュースをチェックしつつ寝よう。
posted by かんり at 16:51| Comment(3) | TrackBack(0) | Daily